本書をほとんど書き終えた後、元ソ連共産党書記長ゴルバチョフ氏がお亡くなりになり、そしてイギリスのエリザベス女王が崩御された。このお二人はともに、二十世紀の世界において大きな役割を果たされた方であり、私も心から哀悼の意を表したい。安倍晋三元首相の暗殺に相次いで、二人の偉大な人物が世を去ってしまった。
ゴルバチョフ氏のペレストロイカは、ソ連共産党の独裁体制に風穴を開け、最終的にはソ連解体と東欧民主化、東西冷戦の終結という大きな世界の変化をもたらした。現在のロシアではゴルバチョフ氏はむしろ大国ロシアを解体し、社会を混乱させた破壊者という批判もある。本書でも触れたプーチン大統領と彼を支持するロシア民衆や思想家も、同様の意見を持っているだろう。だが、私はやはり、世界の民主化を大きく促進させた人物として、ゴルバチョフ氏を「二十世紀の偉大な政治家」と讃えたい。中国や北朝鮮にあのような政治家が生まれないことが、アジアの民主化を大きく停滞させているのだ。
エリザベス女王はその生涯を通じて、イギリスの激動の現代史において常に国家の象徴として歩まれた。第二次世界大戦中、王女として進んで軍を激励するとともに自ら軍務にも就き、戦後もイギリス植民地帝国の崩壊、経済の行き詰まり、サッチャー政権の新自由主義、ブレア首相の改革、そしてEU離脱など、様々な問題を抱えてきたイギリスが、世論の分断をかろうじて避け一体性を保ってきた大きな理由の一つに、エリザベス女王が国の要の存在として、国民の大きな精神的支柱となっていたことがあるのは間違いない。そして、植民地は独立しても、ソロモン諸島やオーストラリア、カナダなど十五カ国が、今でもイギリス連邦としてイギリス国王を王位に仰いでいることは忘れてはならない。
中国が南太平洋やオーストラリアに侵略の手を伸ばしている現状、太平洋諸島の国々を自由の側につなぎとめるために、イギリス連邦の存在は今後ますます重要になってくる。
そして、私が今後アジアや世界の支柱となると期待しているインドが、ゴルバチョフ氏に対し重要なコメントを残していることを強調しておきたい。まずゴルバチョフ氏がインドを訪問した際、インドのガンジー首相は次のように述べている。
一九八八年二月に、ゴルバチョフ=ソ連共産党 書記長が来訪した際の歓迎演説で、当時のガンジー首相は『ペレストロイカ』を評価しつつも次のように強調した。
「われわれの任務は経済開発や安全保障を超えたその先に及ぶものである。科学技術の発展は物資的成長を可能にし、貧困の追放への道を開くものではあるが、科学技術は、精神的なものと融合した場合にのみ、国民と国全体が充実した生活を送るために必要な価値を支えることができる。単なる物資的繁栄は、インド文明を数千年にわたって支えてきた基本的価値観から遊離したものであれば、なんらの満足を与えてくれるものではない」
(野田英二郎(元駐インド大使)『海外からみた日本、世紀末の再考』露満堂)
この堂々たる発言は、その後、ソ連崩壊と同時に急速に海外資本が流入し、ある種のマフィア経済ともいうべきやみくもな経済自由化が行われることによって、富の格差、社会秩序の混乱がもたらされ、逆に秩序回復のために強権的、独裁的な政権が復活してしまう未来を予言していたかのようだ。
今、ロシアや中国だけではなく世界全般が、この混迷の中にいるように思えてならない。そこからの脱出の道を、私は仏教精神と民主社会主義に見出している。本書が多くの読者にとって、現代の諸問題を考えるうえで有益なものになることを祈っている。