留学のため海外へ出発する前に,たいていの人はできる限りの情報を収集するだろう。テレビの海外ドキュメンタリー番組、外国事情を扱った本、海外旅行情報雑誌、留学ガイドブック、海外旅行を体験した友人の話など,身の回りには海外関係の情報が氾濫している。
できる限り多くの情報を集めるのに越したことはないが,一つだけ気をつけなければならないことがある。それは情報というものは常に偏っており,偏った情報ばかりを受け入れていると,自分の考えがそれらに強い影響を受けるということだ。
たいていの旅行関係の雑誌、留学関係の書籍、留学斡旋のパンフレット、および学校紹介のパンフレットは,プロモーションの性格上,対象となるものの一番魅力的なイメージをベースにして編集されている。旅行関係では風光明美な観光地、留学関係では充実した留学生活の体験談、ホームスティではホストファミリーとの楽しい交流の体験記などが紹介されている。また,学校紹介のパンフレットには,現地の白人の学生と日本人の学生が楽しそうにおしゃべりをしているイメージ写真が使用されるのが一般的だ。
著者自身,学生時代には次のようなアメリカ留学に対するイメージを描いていた。 「現地の人はおおらかな性格をしており,だれとでもすぐに友達になれる。大都会にはいろいろな人種の人間が住んでいるが,自分が留学する町の住民は中流階級の白人が中心で,みんな大きな庭つきの家に住んでいる。ガレージには大きな車が止まっており,ちょっと裕福な家の庭には小さなプールもある」
確かに今でもこうした現実もあるだろう。しかし,後年に著者が見聞を広めた範囲内では,こうしたアメリカは,かなり限られた社会の中にだけにしか存在していなかった。
こうした「優良な」情報だけを基に全体のイメージを膨らませるのは,かなり危険な行為ではないだろうか。それは,自分の作り上げたイメージと異なる現実に遭遇した際に,うまく対応できない恐れがあるからである。
また,こうした情報には,現地の生活の臭いと、留学の成功談の影に隠れた留学生たちの苦悩と憤りが欠けている。どちらもプロモーションという立場から見た場合にマイナス要素となるため,ふるい落とされてしまった情報だ。
ここで考えてほしいのは,あなたは自分で作り上げたイメージの世界の中ではなく,実際の社会の中で留学生活を送らなければならないという現実である。
旅行は非日常的な行動であり,お祭り的な性格が強い。仮に自分の意にそぐわないものに遭遇しても,臭いものには蓋をしたり、触れないようにはできる。
しかし,長期の留学生活は旅行とは違う。自分自身を現地の生活の中にどっぷりと漬からせなくてはならない。違った生活習慣、人々の考え方などが存在する社会の中で奮闘しなければならないのだ。
ところで,犯罪を中心とした危険やトラブルなどのマイナス面の情報についてはどう扱われているのだろうか。
トラブルや誤解を招くことおよび危険なことはしない、危ないといわれている地域には立ち入らないなどの戒めは,今や海外旅行の常識となっている。しかし,常識であるがために「やってはいけない」の一言でタブーとされて,蓋をされてしまう傾向がつよい。
ところが禁止されていることやタブーとされていることに興味をもつのは人の常。「やってはいけない」ということをやってしまって,トラブルや犯罪に巻き込まれる人は後を断たない。
ここで残念に思われるのは,不運にもトラブルや犯罪に巻き込まれてしまった人たちが,事態を回避するのに十分な情報をもち合わせていなかったということである。それと同時に,もしも犯罪やトラブルの内情を少しでも知っていたら,被害や迷惑の度合いが軽減されたのではないだろうか、ということも惜しまれる。
留学生活にも同じことがいえる。生活のあらゆる場面で遭遇する微妙な問題を回避するのは容易である。しかし,現地で生活する限り,いつも逃げ回ってはいられないだろう。
そこで本書では,留学生の体験談を中心に,日常生活の中で留学生が遭遇するような問題や出来事についてまとめてみた。もちろん,体験談というのは個人的で、かつ偏見の塊である。本書では普遍的なアドバイスはできないと最初に断言しておきたい。しかし「人の振り見て我が振り直せ」ということわざもある。他人の体験談の中には,なかなか有益なアドバイスが隠されているということもつけ加えておきたい。
…まえがきより