昭和二十(一九四五)年のアメリカは「天皇を処刑せよ」という世論で沸騰していた。
だが、日本は惨憺たる敗戦にもかかわらず、天皇を戴く国の形を守ることができた。
連合国は、この年七月に『ポツダム宣言』を発することによって、連合国側から和平を申し出た。
アメリカ統合参謀本部は七月はじめに、日本本土侵攻作戦に五百万人の兵力を必要とするが、日本は一九四七年まで戦い続け、アメリカ軍死傷者が百万人を超えると見積っていた。
そのために、トルーマン政権は日本に「無条件降伏」を強いる方針をとっていたのを改めて、条件付降伏を求めることを決定した。
『ポツダム宣言』は「われらの条件は左の如し。われらは逸脱することなし」と述べて、「日本国軍隊の無条件降伏」のみを、要求していた。
特攻隊と、北から南までの戦場において玉砕した英霊の尊い犠牲によって、日本の二千年以上にわたる、美しい国体が護られた。
今日では多くの国民が、特攻隊や、最後まで戦った将兵が徒死にだったというが、私たちはこの世界史においても崇高な犠牲によって、天皇を戴く悠久の国に生きている。
御代替わりを目前に控えているが、本書は全国民必読の珠玉の書である。
外交評論家 加瀬 英明
忘れてはいけない歴史を復活させるために
国際ジャーナリスト 藤田 裕行
日本人は、いま、サイパンやパラオに行きづらくなっている。デルタ航空の日本からの直行便が、ソウルや北京経由となったためだ。
太平洋の西に位置するそうした島々は、日本から見ると「南洋」にあたる。
かつて南洋の島々では、私たちの父や祖父が、命を賭してアメリカと激しい戦争を繰り広げた。
戦後になって日本の経済が発展すると、南洋の島々はリゾートとなり、戦争の面影は風化していった。
しかし日本人である限り、国を護るため、故郷を守るため、或いは愛しい家族や恋人、子孫を守るために、自らの命を捧げて戦った、私たちの父祖がいることを、決して忘れてはならない。
そうした地を訪れ、心からの感謝の誠を「英霊」に捧げることは、日本人として最低限の礼儀であろう。
「英霊」は、戦争の犠牲者ではない。心から、国のために命を捧げる覚悟をもって、戦陣に赴いた英雄たちである。だからこそ、「英霊」と呼ばれるのだ。
本書は、そうした「英霊」への強い思いを持ち、実際にかつての「戦地」を訪れて、慰霊をしている、新進気鋭の二人の著者によってまとめられた。
お一人は、産経新聞のコラムの執筆者としてもよく知られる葛城奈海女史。もう一方は『空の神兵』として殊勲を挙げ、戦時中に天皇陛下に単独拝謁を賜った奥本 實陸軍中尉(終戦時は、大尉)のご子息、奥本康大氏である。
お二人は、私が企画運営をした『パラオ戦跡慰霊の旅』にご参加下さった。
大東亜戦争を戦った世代が存命の頃は、たくさんの戦友会があった。そうした戦友会が、それぞれの戦地に赴き、戦友を慰霊していた。
しかし、戦後七十年余ともなると、戦友会もほとんど解散し、戦地を慰霊に訪れる人の数も激減した。前述した直行便がなくなった背景には、そうしたこともあるのかもしれない。
しかし、国や民族には、決して忘れてはならない歴史がある。それは、その国や民族を護るために、命を賭して戦った英霊の事績だ。そうした歴史は、子々孫々にまで、語り継いでゆかねばならないものなのだ。
いま、葛城女史と、奥本氏が、本書を通じてそうした思いを世に問うことには、限りない価値がある。
英霊の事績は、国と民族の宝であり、誇りであるからだ。
我々一人ひとりには、必ず親や祖先がいる。
その祖先のおかげで、いま我々はこの世に生を受け、生かされて生きているのである。
民族の継承に思いを馳せるとき、大切にすべきものは、民族の魂だ。
この本は、その民族の魂を復活させるために、世に出ようとしている。
民族の魂を復活させる「聖業」に、果敢に挑んで頂いた葛城女史、奥本氏、そしてハート出版の諸氏に感謝すると共に、読者の皆様とさらにこの「聖業」を、後世へと継承してゆく所存である。
献辞 外交評論家 加瀬 英明
序文 忘れてはいけない歴史を復活させるために 国際ジャーナリスト 藤田 裕行
第一章 なぜ日本は大東亜戦争を戦ったのか 奥本 康大
■英霊はすべて「国家の英雄」である
■靖国神社は「心の聖地」である
■大東亜戦争の真実
■白色人種による植民地政策の歴史
■先人たちが命を賭して守ろうとした国・日本
■「空の神兵」が果たした偉業
■日本人が死語にした「植民地」という言葉
第二章 パラオ「玉砕の島」ペリリュー 葛城 奈海・奥本 康大
《葛城 奈海》
■パラオの風土
■ペリリュー島戦跡慰霊へ
■千人洞窟
■戦争博物館
■西太平洋戦没者の碑
■中川州男大佐終焉の地
■顕彰碑
■大山
■ペリリュー神社
■アンガウル島
■不死身の分隊長 舩坂弘
■自衛隊とパラオ
■パラオの今
■パラオに学ぶこと
《奥本 康大》
■南洋の楽園を満喫した落下傘部隊
■パラオの統治までの経緯
■パラオの統治とアメリカ軍との死闘
■アメリカ軍との死闘
第三章 サイパン、テニアンで失われる皇軍の偉業 葛城 奈海
■サイパン、テニアンの概要
■サイパンの戦い
■水際作戦失敗により自決した晴気誠少佐
■サンロケ地獄谷司令部跡
■多くの日本人が身を投げた断崖
■彩帆香取神社
■テニアン島の戦い
■原爆が搭載されたハゴイ飛行場
■消え逝く日本人の足跡
■テニアンの現状
■テニアンの今
■サイパン、テニアンの歴史
■「サイパンを忘れないでください」
第四章 知られざる高千穂降下部隊と義烈空挺隊 奥本 康大
■日本軍の運命を分けた海軍の暴走
■「ジャワ本島攻撃」を支援したパレンバン落下傘部隊
■南太平洋で散華された英霊
■破竹の勢いの日本軍と戦域拡大
■制空権・制海権の喪失
■レイテ島の戦い
■薫空挺部隊
■高千穂降下部隊
■撤去されていた高千穂降下部隊の慰霊碑
■敵陣への強行突入部隊
■高千穂降下部隊慰霊碑の再建
■戦地における英霊の慰霊
■義烈空挺隊
■義烈空挺隊玉砕之地の慰霊碑
■沖縄平和祈念公園の義烈空挺の碑
■恒久的な慰霊碑の建立
■義烈空挺隊の顕彰活動
第五章 戦後を生き抜いた英雄の忸怩たる思い 奥本 康大
■父の慰霊活動
■戦後の旧軍人の忸怩たる思い
■旧軍人の潔さ
■口封じさせられたエリート集団
■東京裁判という茶番劇
■岡田資中将
■甲村武雄少佐
■堀内豊秋大佐
■「戦争犯罪人」という新語の登場
■『世紀の自決』
■高野山の空挺部隊の墓
■我が家の過去帳
■今後の日本への期待
第六章 『英霊の言乃葉』にみる先人たちの思い 葛城 奈海
■『英霊の言乃葉』
■日本人に受け継がれる「八紘為宇」の精神
■イスラエル建国の礎となった日本の武士道精神
■戦後危険視された「八紘一宇」
■東京裁判における「八紘一宇」
■伊舎堂用久中佐の言乃葉
■先人たちの思いを受け継ぐとは
■拉致問題
■敗戦国ドイツに学ぶこと
■邦人輸送の変遷
■心ある自衛官の本音「存分に戦わせてくれ」
■自衛隊の活用法あれこれ
■武威の発揚を!
■失われた歌詞
■戦うことは悪なのですか?
■「心ならずも戦死された」は英霊に対する侮辱
■英霊の成し遂げたこと
■大和魂
《参考文献》