僕は一等兵が好きである。僕が歩兵一等兵ではあるが、戦場の一等兵の義理人情は、こよなく美しい。一等兵の友情の中で、僕が戦争をすることが出来たのは、どうしても忘れることの出来ないことがらである。
一等兵には、いろいろな人間が生きている。僕はその生きている美しい一等兵を、いろいろと描きたいと思った。しかし、じっさい出来上がってみると、同じ色の軍服を着た一等兵にすぎなかった。ざんねんなことであるが、どうにもいたしかたのないことである。
さて、この本には、前著「一等兵戦死」以後の戦争に関するものを収めた。これらの作品には、いいものもわるいものも入っているが、いずれも僕にとっては、生死を的にしての後に生まれたものだけに、すてがたいので、集録したのである。そうしてこの大部分は「文藝春秋」「オール讀物」「話」「ホーム・ライフ」などに一度発表された。しかし、今度集録するにあたって、加筆改訂をほどこした。「一等兵の戦線」のごときは、発表当時五十余枚のものであったが、ここでは百余枚にもなっている。だが、何にしても短い期間のことではあり、新聞記者という本職のかたわらの仕事でもあるので、それはじつに荒っぽい改訂である。なおこの本の中の童話風の作品、童謡風のものは「大毎小学生新聞」に、子供のために書いたものであるが、やはり前記の意味で収めることにした。挿入の写真は、一等兵の僕が撮ったものである。
この本は、一月上旬上梓の予定であったが、本職の方に追われたり、病気になったり、またついなまけたりして、こんなにおくれてしまい、春秋社にたいへんな迷惑をかけてしまった。しかし、神田さんは僕に対しては親切にして下さった。まったく感謝に余りある。ここに識して今後の戒めにする次第である。
昭和十四年二月三日
大阪毎日編集局の一隅で識す
松村益二