復刻版 初等科地理

文部省 著 宮崎 正弘 解説 2021.07.15 発行
ISBN 978-4-8024-0123-4 C0021 A5並製 240ページ 定価 1870円(本体 1700円)


「解説」より一部抜粋

復刻版 初等科地理

この地理教科書は、昭和十八年から終戦まで小学五、六年生用に使われた。本書は小学生に「地政学」という重要な概念を教養として植え付けようと編集の工夫がなされている。短い文章表現ではあっても適確に、簡潔明瞭に各地の地誌学的要点、その特質を抉り出している。

内地篇では、記述は産業地図の俯瞰が続くかとおもうと、さりげなく源頼朝が幕府に選んだ土地の地政学的重要性を挿入している。なかなかの工夫である。戦略上、河川、橋梁、道路、鉄道、そして発電所は国防上重要なポイントであるが、そうした背景も自然なかたちで表記されている。つまり戦略的発想を植え付ける教育が巧みに施されていたのだ。

戦後の地理教科書で「国防上非常に大切なところ」という記述にお目にかかったことはない。いや、文科省の教科書検定官はこういう記述を不合格の口実にしかねないほど現代の文部行政は怪しくなっている。

外地篇では西欧列強の植民地支配の残酷さ、その桎梏を取り払った日本の勇敢さと今後の使命が語られている。これらの地域の殆どを筆者は取材した経験があり、端的に戦略的資源分布を、戦時中の教科書がしっかり教えていたことに驚きを禁じ得ない。

読めば読むほどに味が深く、しかも当時の小学生は、これほど高いレベルの地理教育を受けていたのかと感動を深くした。


目次


初等科地理 上

一 日本の地図
二 本州・四国・九州
三 帝都のある関東平野

 東京とその附近
 利根川
四 東京から神戸まで
 富士と箱根
 みかん山と茶畠
 濃尾平野と伊勢海
 琵琶湖のほとリ
 京都と奈良
 大阪と神戸
 黒潮洗う紀伊半島
五 神戸から下関まで
 瀬戸内海
 沿岸の工業
 中国の牛
 北四国
 南四国
六 九州とその島々
 工業の盛んな北九州
 筑紫平野と熊本平野
 阿蘇と霧島
 神代をしのぶ南九州
 琉球その他の島々
七 北陸と山陰
 雪の北陸
 米と石油の越後平野
 立山連峯を望む富山平野
 羽二重の産地
 船上山と大山
 出雲・石見の海岸
八 中央の高地
 本州の屋根
 名高い養蚕地
九 東京から青森まで
 太平洋側
 日本海側
 馬とりんご
十 北海道と樺太
 北海道の三大港
 豊かな水産
 石狩平野と十勝平野
 森林と牧場
 千島列島
 樺太の入口
十一 朝鮮と関東州
 釜山から新義州まで
 南部と西部の平野
 鉱山と工業
 関東州
十二 台湾と南洋群島
 台湾の西部平野
 米と砂糖と茶
 高い山々
 澎湖諸島
 南洋群島
附録

初等科地理 下

一 大東亜
二 昭南島とマライ半島

 ゴム・鉛・鉄
 マライの住民
三 東インドの島々
 石油とゴムのスマトラ
 人口の多いジャワ
 さとうきびとキナ
 石油と森林のボルネオ
 セレベスとその他の島々
 未開の大島パプア
四 フィリピンの島々
 さとうきび・コプラ・マニラ麻・銅
 フィリピンの住民
五 満洲
 平原の国大陸性の気候
 大豆とこうりゃん
 石炭と鉄
 日満の連絡
 新京と奉天
 満洲の住民とわが開拓民
 満洲国の生ひ立ち
六 蒙疆
七 支那

 北支那の自然と産物
 北京・天津・青島
 中支那の水運と産物
 上海・南京・漢口
 亜熱帯の南支那
 外蒙古・新疆・チベット
 新生の香港
 日本と支那
 支那の住民
八 インド支那
 東部地方
 東部インド支那の米と石炭
 東部インド支那の住民と町々
 中部地方
 タイの米・チーク・錫
 タイの住民
 西部地方
 ビルマの米と石油
 支那への通路とビルマの住民
九 インドとインド洋
 はげしい季節風
 綿・ジュート・鉄
 英国とインドの住民
 インド洋
十 西アジアと中アジア
 高原と暑い沙漠
 中アジアの草原
 回教徒
十一 シベリア
 わが北洋漁業と北樺太の石油・石炭
 日・満・口の国境
 シベリア鉄道
十二 太平洋とその島々
 ハワイとミッドウェー
 サモアとフィジー
 ニッケルの島ニューカレドニア
 羊毛と小麦の濠洲
 二つの島ニュージーランド
 太平洋をめぐる地方と日本の将来

解説 地理が地政学の基礎を教えていた 宮崎正弘





「初等科地理」について

本書は、昭和18年度から終戦まで国民学校初等科5年、6年で使用された教科書『初等科地理』上下巻の合本で、当時の小学校における地理教育の、驚くべきレベルの高さを示す内容となっている。上巻では日本地理、下巻では大東亜の地理を扱う(それ以外の地域は高等科、中等学校で学習予定)。

日本地理では、日本本土を一般的な八地方に区分するのではなく、独創的な、より共通性のある地理区分が採用されている。本書には、戦後75年以上が経過して日本の各地域がどう変化したかを理解できる、郷土史料的な側面もある。当時日本だった朝鮮、台湾、南樺太、千島列島、関東州、南洋群島の地理が詳述されていることも、戦後世代にとって興味深い点であろう。

地政学的な視点も取り入れられており、戦略的要衝であることを指摘した記述が随所に見られる。戦跡地が紹介されているのも本書の特徴で、日本地理では桶狭間、関原、屋島、川中島の戦い等、大東亜の地理では、旅順、奉天、上海、南京、徐州、真珠湾、昭南島、香港、コレヒドール、ミッドウェー、マレー沖、スラバヤ沖、バタビア沖、珊瑚海、ソロモン海の戦い等が取り上げられている。大東亜各地での欧米列強による植民地支配について触れている点も、今の小学校の教科書と大きく異なる点である。

 

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