あの忌まわしい戦争が終わって、いつの間にか七十年近くの歳月が過ぎてしまいました。
私は、満州(現中国東北部)で終戦を迎え、一年あまりの間、この地で敗戦後を生き抜いてきました。
あの時に体験した悲劇は、断片的ではありますが、今でも昨日のことのように鮮烈によみがえり、身の震えを覚えます。
当時二十代前半だった私も、九十一歳になりました。いま生きている日本人のほとんどが戦争を経験していません。現代の若者の中には、日本が戦争をしたことすら知らないという人もいるそうです。
時代の流れのことですから、例えば、私が当時体験したことを現代の二十代前半の娘さんに伝えても、おそらくピンとは来ないと思います。当時と今では考え方も違いますし、むしろほかの誰にもあのような体験はしてもらいたくないくらいです。
それでも、戦争の恐ろしさはもちろんですが、その敗戦後に受ける痛手がどんなに悲惨なものであるか、それだけは決して風化させてはならないと考えています。
もはや残り少なくなった体験者の一人として、この記憶はぜひ遺しておかなければならないと思い立ち、「遺言」のつもりで筆を執りました。平和に暮らしている現代の日本人たち、特に戦争を知らない若者たちに、少しでも当時のことを知ってもらい、戦争で亡くなった方々、つらい経験をされた方々に何らかの思いを寄せていただければ、この上ない幸いです。
平成二十六年に最初の本「かみかぜよ、何処に」が出てから八年。私も九十九歳になりましたが、このような新しい形で私の体験を再びお伝えできることを、嬉しく思います。
令和四年六月 稲毛 幸子
※本書は平成26年に弊社より刊行された『かみかぜよ、何処に』を再編集し、普及版としたものです。