「京都の舞鶴引揚記念館を訪れたとき、シベリア抑留の日本人と犬がラーゲリ(強制収容所)で過ごしたという一枚の写真を見たんです。しかもその犬は、引き揚げの日本人と一緒に船で日本に来たという実話を知り、本当に驚きました」
令和四年(二〇二二)の春、雑談していた知人から犬の存在を聞いた私はすぐさま舞鶴引揚記念館のホームページの扉を開くと「シベリアからやってきたクロ」と出会います。日本の敗戦後、日本人や日本兵たちは、ソ連(現・ロシア)軍から戦争犯罪人として扱われ、捕虜となります。ラーゲリの抑留生活の中、十分な食料も与えられず、栄養不足のまま飢えに苦しみ、極寒の中で強制労働をさせられました。私は、その過酷で苦しみの日々を送る日本人たちに“生きる希望の力”を与えてくれた存在は、ラーゲリでともに生活したクロだと思ったのです。
さらに、地元・京都府立東舞鶴高等学校の生徒たちが引き揚げの歴史を語り継ぎ、平和の大切さ、命の尊さを伝えようと、引き揚げやクロの紙芝居制作をはじめ英語のナレーション入りのDVD版まで作成し、世界に情報発信する活動を知りました。高校生たちの活動にも感化されました。
私は、クロが引き揚げ船『興安丸』に乗って京都舞鶴港に着き、どのような飼い主に育てられ、幸せな時間を過ごしたのか。新たな視点でノンフィクションの物語を児童書で伝えたいと思ったのです。
ロシアによる隣国ウクライナへの軍事侵攻はいまなお続いています。戦争には勝者も敗者もありません。罪なき人々の命が奪われ、悲しみ、苦しみが残るだけです。
この本に登場するクロを通して、世界中で起きている紛争、戦争、そして、命の尊さを考えるきっかけになればと、願うばかりです。