みなさんは覚えているでしょうか? もう二十五年以上も昔のお話なので、覚えている人は少ないのかもしれません。それどころか、このお話を知らない人もたくさんいることでしょう。
平成八年三月、瞬接着剤で目をふさがれた子犬の話題が、新聞やテレビ、雑誌などで取り上げられました。あれからずいぶんと時が流れました。人の記憶というものもまた、時の流れとともに歳をとっていきます。この子犬のお話も、遠い過去の出来事になってしまいました。こうしたお話を忘れてしまった人、知らない人に伝えるために、ぼくがしているノンフィクションライターという「本当にあったことを書き残しておく仕事」があるのです。
この本に書かれているのは、「人が心に傷を負った犬に愛情を注ぎ、その犬が心に傷を負った人の心に希望の灯を点している」というお話です。それにしても、なぜ人は犬を助けたり、犬を心の支えにしたりしているのでしょうか? その答えは、ぼくにはわかりません。ただ、こんなことをぼんやりと思っています。「犬は飼い主に似る」というけれど、ほんとうは「犬は似た飼い主と出会う」のではないだろうか、と。たとえば、おとなしい犬は穏やかな人と、孤独な犬はさびしい気持ちを抱えている人と出会っているような気がしてならないのです。
この本の主人公である「純平」という名前の犬は、心に深い傷を負っていました。その純平の貰い手となった人もまた、心に傷を負っていたのです。
そんなことを心の片隅に置いて、この本を読んでみてください。そして、この本を読み終えたとき、あなたの心のなかに、「傷ついても、再び立ち上がる勇気」が芽生えてきたら、これ以上の喜びはありません。
※本書は2017年に刊行した『新装改訂版 瞬間接着剤で目をふさがれた犬 純平』を改題・改訂のうえ、新装したものです。