わが国は開闢以来、現在、第5回目の歴史的な国難に直面しているといえる。第1回目は古代、朝鮮半島における白村江の戦いであり、第2回目は鎌倉時代末期の2度にわたる元寇であった。第3回目は幕末から明治初期にかけての欧米列強による被植民地化の脅威であり、第4回目は第二次世界大戦前からの米英からの極めて強い圧迫とその結果としての大東亜戦争であった。現在、わが国が直面している第5回目の国難は世界秩序全体が大きく動揺しており、こうした中で、わが国はどのようにして真の意味での国の独立を獲得するかということである。歴とした独立国にならずして、この難局に立ち向かうことは不可能である。
今、われわれは、まさに世界史の岐路に立っているわけであるが、加えてわが国は、それ以外にも様々な課題を抱えている。これらの国難や諸課題は、いずれも日本の国家としての在り方そのものを問うものであり、小手先の対応では到底解決しえないものばかりである。
どういうことかというと、今年(2023年)は終戦から78年になるが、戦後、占領軍によって国の独立を奪われた後、今日に至るもわが国はいまだに歴とした独立国家とはいえないのが実情である。1952年4月28日、サン・フランシスコ講和条約の発効によって、形式的・表面的には独立国となったものの、政府および国民各層の間で、独立回復に向けての意思が明確ではなかったため、実質的にはいまだに「非独立国」の状態にとどまっている。
そもそも独立国家の「三種の神器」とは、①自前の憲法、②国防軍の保有、③スパイ防止法に裏付けられた統合された国家情報機関の3つであると、私は理解している。現在わが国は、これらの3つのどれ1つとして持っていない。ということは現状の日本は、縦から見ても、横から見ても、斜めから見ても、独立国ではないということである。これまで、政治家も官僚も学者もメディアも、あるいはその他の人々も、日本があたかも独立国であるかのようなふりをしてきてしまったが、もうそれは止めにすべきである。そんなことをしても何のためにもならない。われわれ日本国民は、現状「非独立国」に過ぎないことを認めた上で、一人一人ができることから国の真の独立に向けてそれぞれ何らかの貢献ができるよう努力すべきである。
わが国が真の独立国ではないというと、いわゆる戦後民主主義の進歩的文化人もしくはそうした考え方に傾倒している人たちは、「それは違う。日本は今でも立派な独立国だ」というかもしれないが、保守系の人たちはさすがにそういうことを言う人はいない。しかし、自ら何の行動も起こさない人たちも少なくない。自分の国が独立国ではないと悟っているのだとしたら、本来は、自分も何か行動しなければならないと思って然るべきではないだろうか。それが、愛国心を持った真っ当な国民というものである。
極めて深刻な少子化からの脱却、30年以上にわたる経済的停滞からの復活、感染症対策などを含めて国家的な緊急事態への機動的な対応を可能にすること等々、どれをとっても日本が抱える大きな課題を解決するには、歴とした独立国にならなければ何事も始まらない。すなわち、われわれは令和の時代に入って、ようやく戦後初めて、国の独立回復を目指したある種の独立運動を開始しなければならないということである。国の独立回復は、極めて重要な国家的な課題である。今のわが国にとって、これ以上重要な国家的な課題がほかにあるだろうか?
誰からの独立かといえば、それは無論、アメリカ合衆国からの独立に他ならない。