いわゆる慰安婦問題というのは、韓国人元慰安婦の金学順が最初に名乗り出た1991年8月から始まった。ところが、ラムザイヤー教授は、慰安婦が問題化するその前から、日本の戦前の芸娼妓の年季奉公契約について法経済学者として研究論文を発表していたのだ。
ラムザイヤー教授の慰安婦論は、〈第1論文〉の延長上にある。娼婦の年季奉公契約と慰安婦の年季奉公契約とは、場所を戦場に移動し条件のいくつかが変わるだけで、基本的骨格においてどこにも違いはない。前者が初めから契約関係なのだから、後者も当然、初めから契約関係なのである。かくして、「慰安婦=性奴隷説」の成立する余地などあるはずがない。だから熱心な読者には、ぜひとも〈第1論文〉を精読していただきたい。そこでは、対立仮説を次々と実証データによって棄却しつつ結論になだれ込む、下手な推理小説よりも遙かにスリリングな論理の展開を味わうことができる。
ラムザイヤー教授が嵐のような攻撃にさらされることになったのは、〈第3論文〉が発表されたあとであった。2021年1月31日付の産経新聞が、靑山学院大学の福井義高教授の書いた〈第3論文〉の要約を掲載すると、韓国を震源地として、異様な攻撃が世界中に広がった。中には命の脅迫をするものまであった。
慰安婦問題を論じる海外の学者のほとんどは「慰安婦=性奴隷説」を妄信している。性奴隷説ばかりの英語の文献に頼っているようだ。彼らは必ずと言っていいほど慰安婦問題を人権問題にすり替え、被害者話を検証もせずに鵜呑みにして反日感情を露わにする。そのくせ、彼らこそが人権侵害行為の常習犯なのである。自分たちと意見の異なる否定派に対する人権無視のバッシングは、彼らのダブルスタンダードの醜い正体をあらわにした。彼らのそのような振る舞いは、その論理の敗北を決定的に示している。
本書の二人の編者は、2023年の7月に、東京で初めてラムザイヤー教授にお目にかかった。丁寧で控え目で穏やかな方だった。日本語も日本人と同じようにお話しになる。ハーバード大学の偉い先生というふうは全くなく、「恐縮です」と頭を下げられるとこちらも恐縮してしまう。専門のお話をされるときは学者のお顔だが、自分の原点であるという1960年代の宮崎の小学校時代の思い出を語るときは、当時の日本のやんちゃな少年のお顔になる。
ラムザイヤー教授はシカゴに生まれて生後6ヶ月、船で日本に渡ってこられた。高校まで日本で過ごした。祖父も父も、キリスト教メノナイト派の宣教師だった。
日本に愛着をもつ穏やかな感性と、西欧が研ぎ澄ましてきた論理を駆使する鋭い知性を併せ持ったラムザイヤー教授は、二つの世界を結びつける伝道者の役割を果たしておられることになるのではないかと思う。そういう先生がハーバードにおられたということは、日本にとって奇蹟ともいうべき僥倖である。昭和の日本と宮崎が育んでくれていた至宝である。
はじめに ラムザイヤー教授の学問と受難—読者への道案内
プロローグ 「ラムザイヤー論文」騒動とその背景
——日本語版論集の発刊に寄せて(2023年)
第1論文 戦前日本の年季奉公契約による売春制度
——性産業における「信用できるコミットメント」(1991年)
Ⅰ 序論
Ⅱ 学者と売春婦
Ⅲ 性に関する規則
1 各種法令
2 裁判所
Ⅳ 年季奉公契約
1 芸者の年季奉公
2 売春婦の年季奉公
3 契約の履行
4 支配と信用供与
支配/信用供与
5 信用できるコミットメント
契約時の問題/出来高払制と定額払制の契約
期限付契約と契約締結時ボーナス/年季奉公契約
Ⅴ 最終章
Ⅵ 結論
参考文献
第2論文 慰安婦たちと教授たち(2019年)
摘要
Ⅰ 女性たち自身
A 序論
B 話の内容
C 文書としての証拠
Ⅱ 戦前の日本と朝鮮における売春
A 序論
B 日本
免許を受けた売春婦(公娼)/第二の論理
許可を受けていない売春婦(私娼)/からゆき
C 朝鮮での売春
事象/海外での朝鮮人売春婦
D 日本と朝鮮における募集
日本/朝鮮
E 慰安婦
性病/契約条件/売春婦の収入
F 戦争の末期
Ⅲ 慰安婦狩り話の起源
A 吉田
B 外交の不在
Ⅳ 挺対協問題
A 「対抗言説」
B 沈黙させられた慰安婦たち
C 挺対協
D 学術界の異論
Ⅴ 結論
参考文献
第3論文 太平洋戦争における性サービスの契約(2020年)
要旨
A 序論
B 戦前の日本と朝鮮での売春
1 序論
2 日本
公娼たち/契約のロジック/無認可の娼婦たち/からゆきさん
3 朝鮮の売春
実態/契約/海外の朝鮮人娼婦
4 日本と朝鮮での募集
日本/朝鮮
C 慰安所
1 性病
2 契約期間
3 契約の価格
4 契約条件
5 娼婦の預金
6 戦争末期
D 結論
参考文献
第4論文 太平洋戦争における性サービスの契約——批判者への回答(2022年)
要旨
戦時の売春に関する研究について
A 断り書き
B 経済学的な誤解
契約構造の決定/限界労働者、限界以下労働者
C 予備的な実例
D ゴードンとエッカート
その主張/存在する証拠
強制があったという主張/私のアプローチ
吉見/ソー、市場と奴隷制について
E ソク=ガーセン
F 見せかけの「コンセンサス」
補遺Ⅰ スタンリー他への反論
A はじめに
B 論争
初めに/前払金/退職
C 詳細
証拠がないということを認めない/山崎の性格付けの過ち
文玉珠の証言の間違った解釈/証拠としての軍の資料の恣意的な選択
日本内務省の書類の性格付けの間違い/支那と軍慰安所の誤解
「朝鮮人慰安婦の帳場人の日記」の悪用/武井の第一次資料のごまかし
北支那記述の誤り/金—金資料の選択的引用
秦の記述違いと選択的引用
補遺Ⅱ 吉見への反論
A はじめに
B 吉見への返答
はじめに/当時の法的な問題点/売春宿の女性たちの境遇
朝鮮の認可売春婦/「からゆきさん」/1938年の内務省の通達
朝鮮人募集業者による誘拐および軍・朝鮮総督
慰安所設立の目的と、設立を働きかけた機関/契約期間と収入
戦況が退職を困難にした/高収入の「慰安婦」
補遺Ⅲ 慰安婦契約に関する情報
参考文献
人名索引
著者・翻訳者 略歴