『初等科理科』が目指したのは、「科学は自然を征服するためではなく、自然と和するためのもの」という教育理念でした。これは、日本の伝統的な自然観を反映したものであり、自然と共に生きるということを基盤に据えた教育方針が示されています。
実際の教科書を見てみると、一年を通じて四季の美しさを教え、私達が自然の中で生かされていることを実感させてくれます。私達は偉大な自然の恩恵を受けているということを知ることができます。
また児童たちは授業を通じて、人間が自然を意のままに出来るわけではないことを知り、自然に対して畏敬や畏怖の念を持つようになります。これは日本が古来から森羅万象を神々として敬い畏れてもきた悠久の歴史に連なることになるのです。
自然に親しみ、自然から学ぶために、指導目標では植物の栽培や動物の飼育をすすめています。子供達が自分で栽培や飼育をすれば、その植物や動物に愛着を感じ、多くの注意を払うからです。
こうした教育方針は、単に動植物を可愛がるだけのものではなく、農業を営むための基礎と考えられました。子供達が農業の仕事を体験することは、食べ物が育っていく過程を実感し、食べ物を生命として慈しむことにも繋がります。こうした心を持って農作業を行えば、生産された農作物の真の価値がわかり、より大切に、食材として使用し食べ物として頂くという態度が生じて来ます。このことを教師用副読本には「このような心は、農業の根本精神であるばかりでなく、すべてのものをよりよく生かそうとする豊かな我が国民精神の一つの相である」とまで書いてあるのです。これはもう、理科の授業というよりも、人間の生き方そのものの教育なのではないでしょうか。
『初等科理科』に流れる「理科」教育の精神は、身の回りのものに目を向け、生きているものを慈しみ、自然を使わせていただくという感謝の気持ちを持つ、総合的な日本人としての生きる力を育む、人間としての生き方の哲学だったのです。
私は今の時代の子供達にこそ、『初等科理科』の精神を学び、日本のために、地域や家族や個人のために役立てて欲しいと思っています。