私は、ホタルの研究のために、多くの国々をめぐってきました。ホタルは世界のいたるところに生息しているからです。
多くの国々をめぐってみて感じることがあります。それは世界中でこれほどホタルに愛着を感じている民族は、日本人をおいてほかにはない、ということです。日本固有の文化と呼んで差し支えないと思います。
日が暮れて薄暗くなった田舎道に、淡い光をともしながら飛翔するホタルたちに、日本人はなんとも言えない郷愁を感じます。日本人はこれを「当たり前」と思っていますが、実は、諸外国では、たんに「光る虫」程度の捉え方が多いのです。つまり、ホタルに対するこの感覚は、日本人の感性と言っていいのです。
いうまでもないことですが、環境破壊は世界規模で進行しています。
南米大陸のアマゾンは農地を広げるために切り開かれ、東南アジアの森林やマングローブ地帯も同様です。
日本もかつてはそうでした。森が切り開かれ、田畑が開墾されました。でも、日本人はすべて開発したわけではありません。「人里」という思想ともいうべきものがあり、里山として人間と自然の境界線をつくりました。あるいは「鎮守の森」といった形で、自然の一部をそのまま人里に残したのです。
ホタルはまさに、その境界線に多く生息したのです。
日本人がホタルに強い愛着をもっているのは、自然と人の暮らしが調和されていることを証明してくれるからだと思います。ホタルがそこに生きていてくれていることで、とても安心できるのです。
私はこの日本人の思想は、世界に通用するものだと思いますし、むしろ世界に大いに発信すべきだと考えています。
ニューギニア島には、たくさんのホタルが一本の木に群がり、一斉に光を放つ「ホタルの木」があります。これまでテレビなどで何度も放送されたことがあるので、ご存じのかたも多いと思います。私もなんどか現地を訪れ、調査しました。
数年前に「ビアク島」を訪れたときです。この島は西ニューギニア(インドネシア領)北西にある島です。戦争当時、飛行場があってその争奪をめぐって激しい戦闘が繰り広げられたところで、一万人を越える兵士が亡くなったといわれています。そこに「ホタルの木」があります。
ホタルの木を探して、私は森や林の周辺を歩きました。戦後七〇年近く経過していますが、今もたくさんの遺骨がありました。現在、遺骨収集が行われていますが、収拾されたお骨は、亡くなった兵士の数の七%に満たないとされています。
ニューギニア・ビアク島のホタルの木
このジャングルで今も眠る兵士も、きっと、ホタルの木の無数のホタルたちの光を見たと思います。そして、ふるさとの日本に思いを馳せたと思います。ホタルの木は、日本につながっているような気がするのです。この感性こそ、先ほど述べた「日本人特有のもの」だと思います。だからこそ、このホタルの木を中心としたジャングルを、そのまま聖域として大切に残しておきたいと思うのです。
そうすれば世界中から多くの人々が、この美しいホタルの木を見に訪れるでしょう。そして同時に、戦争を考え、亡くなった人々を偲び、平和の尊さを実感できると思います。日本人の感性も実感してもらえると思います。このことは地球環境の保全にも貢献することにつながります。
ホタルの光の美しさは、世界に通じるものと確信しています。それはホタルを愛でる日本の文化の紹介にもつながると思います。最近ネットに掲載された日本人が撮影したホタルの写真が世界で人気、という話も聞きました。
ホタルの魅力に世界の人々が気がつき始めたのかもしれません。
ホタルは愛でるだけの存在ではないと思います。その背景には、自然と人間との共存、命の尊さといったテーマが存在していると感じます。
この本では、ホタルの飼い方と観察を中心に、世界のホタルのことも紹介していますが、ホタルは日本の文化の一つという意識のもとで、ホタルたちと接していただければと願っています。そして、ホタルの飼育をするに当たり、その目的が何であるかを常に考える必要があります。
そうした上で、日本のホタル文化を、世界に発信していきましょう。
※この本は、平成12年5月に刊行された「増補/学校・地域でビオトープ 〈図解〉親子で楽しむホタルの飼い方と観察」を大幅に加筆訂正したものです。